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本が映す虚と真実

遅くなってすみません…風邪をひいてしまいました…
いまでも頭痛いガンガンします。
リクの映霖です。なんかカップリング全然してねぇ…orz


<本が映す虚と真実>


以下続きからでどうぞ~

風邪のせいでもう少し停滞しそうです……うう…

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

お天道様が真上に上った時だろうと、香霖堂の明るさはそう変わるものではない。
薄暗い店内の窓から、一筋の光が手元の本の端を照らし、読書をするという環境に最も適した状態を作り出す。
読書は外で行う行為ではなく、薄暗い所で読むことこそ、正しい読書というものである。
そのことがわかっていない者が、外で本を読んだことを「外の風を浴びながらの読書は気持ちがいい!」などと語るのは、読書以前に本という物を理解していない者の言うことだ。
そもそも本という物は――

カランカラン

「こんにちわ」
「いらっしゃ…閻魔様ですか。本日は何のご用で?」
鈴の音とともに姿を現したのは閻魔様こと四季映姫・ヤマザナドゥであった。
「今日はあなたが私の教えを守っているか見にきたんですよ」
そんなことのためにわざわざおいでになるとは、閻魔様も存外に暇人なのかもしれない。
「ええ、しっかり守っておりますよ」
ぺしん、と持っていた棒でたたかれる。
あまり痛くなさそうなのだが思いのほか痛い。
「嘘はいけませんよ。この店の状況を見ればわかることです」
棒の示す先には、僕が非売品にしている商品がずらりと並んでいた。
「無縁塚で、あなたに言ったことを覚えてますか?」
「ええ、たしか店としての役割を果たせ、だったかな?」
「そうです。本来店という物は物を売り、お金を稼いで人と人とを繋ぐものです」
彼女のありがたい説教を、聞き、流しながら、無縁塚での出会いを思い出す。
あのときは無縁塚で死んだ者の供養をしていたところであった。
出会いは本当に偶然で、出会と同時にその場で正座をさせられて説法を聞かされたのである。
恐れく閻魔は説法、いや説教が大好きなのであろう。
「…聞いているのですか?」
「あ、はい聞いておりますよ」
ぺしん、と再び叩かれる。なかなか痛い。
「私に嘘など通用しませんよ」
そういえば途中から聞いていなかったかもしれない。
「この際、白黒はっきり付けさせてもらいますよ!」
そう言うや否や、再びくどくどと説法の時間が始まる。
彼女の言う『白黒はっきり付ける』というものを考えてみよう
白はゼロを表し、黒は虚を表す。
『虚』、つまり彼女の言う罪という物は嘘というものなのだろう。
人に吐く嘘、自分に吐く嘘、自身が正しいと思っていることでも嘘になることがある。
彼女は自身の正を持って、白と黒の境界をはっきりつけるのだ。
それは本にも言えることなのかもしれない。
本は日の当る所に置いておけば、たちどころに傷んでしまう。
それは本自体が日の光を嫌っているためだからだ。
日の当たらぬ物は闇を好む、それは虚を持ち、嘘をつづるものなのになる。
しかし、人は本は真実を記す物だという。
それは本ではなく、日の光に当たることで虚が正に隠されるだけにすぎない。
日の光はとても強い正を意味するもので、無とは違い、唯一闇を染め上げることができるのだ。
それにより日の光に当てられた本は、真実を記し、虚は影となって裏側へと逃げる。
だから本は真実を記すわけではなく、日の光が真実を映すのだ。
本という虚を読み解き、真実を自身で書き記すことこそが、読書の醍醐味なのである。
よってわざわざ外に持ち出し、日の光によって創られた真実を読み書くことなど、読書とは言わないのだ。
「…さっきから聞いているのですか?」
気づけば、彼女は半眼で僕のことを睨みつけていた。
彼女が嘘を裁くのであれば真実を答えることこそが彼女の言う善行なのであろう。ならば…
「聞いていませんでしたよ」

ぺしん

痛い…なぜだ…
「全くあなたという人は…」
ため息交じりでそんなことを呟く彼女は呆れかえっているかのようだ。
「仕方ありませんね。今日はたっぷり説教をしましょうか」
どうやらありがたい説教は一日中続きそうである。
カウンターの上に乗っている本が、窓からの日に照らされて真実を受け出していた。
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